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2007年10月 アーカイブ

2007年10月22日

塞翁が馬

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患部 かなりの大きさで屈曲もひどい。        術後 動脈瘤は姿を消し通常の動脈の姿に戻った

「万事塞翁が馬」と言うが爺くまの今回の手術はまさに塞翁が馬の感がする。
最初の入院騒ぎ、1ヶ月近く入院して色々検査していたのにこの病気は見つからなかった。何故見つけられなかったのだと非常に腹立たしかった。でも、そこで見つかっていたら否応なく手術をされていただろう。
自治医大に転院したもののそこでで手術に究極の選択を迫られ、くまさん、爺くまを手術に押し出す事が出来なかった。破裂したら「あの時、無理矢理にでも手術させておけばなぁ〜」そんな後悔するだろうなと思いつつ。
でも、そうした不運が逆に今回の本当に嬉しい結果結果に結びついているのだ。
手術はしてもらえなかったが、自治医大で今回の慈恵医大を紹介してもらえた。もし自治医大に転院していなかったら・・・・・・多分紹介もなかったのではと思われる。

一時的には意に沿わない、悪い結果と思う方向に進んでいた事が最終的に思わぬ良い結果のための布石になっていたのだ。

爺くまは今日元気に退院をし家に帰ってきた。19日の手術だから術後3日目には退院と言う事になる。さすがに1週間病院で寝ていたので足腰弱ったが、それでもちゃんと自分で歩いて帰ってきた。
患者にとって負担が少ないとは聞いていたけど、術後3日でここまで出来るとは思いもよらなかった。

朝、まごくまを託児所の届け、その後タクシーで駅に向かい新幹線で東京へ。予定より1本はヤジ列車に乗れ病院に着いたのは11時ちょい前。まだ爺くまの最終検査の結果だ出て折らず正式な退院許可が下りていなかった。病室に着いた時、婆くまは荷物を家に送り返すために病院の売店に行っていて留守だった。爺くまと今日の予定を確認している時に戻ってきた。よく見るとまだまだ荷物が多い。そこでもう1個荷造り、今度はくまさんが地下の売店に発送に行った。
看護婦さんの出入り2,3度、そして丁度昼頃正式に退院OKの旨担当医が告げに来た。支払いを済ませ1時頃いざ退院!
病院から東京駅までタクシーは道も空いていて思いの外早かった。東京駅の中は歩くのでここの所いつも駅に車いすを頼んでいる。その車いすの手配に手間取って乗車する列車は14:08分となってしまった。切符を買う時には気付かなかったが指定席はMAXの2階席だった。2階への上がり降りちょっと大変という事で連結のつばさに席替え、指定券の交換を行った。何故指定券かというと、東京駅で指定券で乗車すると宇都宮で降り口までまた車いすを持って待っていてくれるのだ。(逆コースでも同じ)
こうして無事宇都宮着、駅には妹が迎えに来ており、爺・婆くまを乗せ家へ、くまさんは託児所に戻った。4時過ぎ家から無事戻ったとの連絡があったが時間が掛かりすぎ?途中で何か食べていたのかな?婆くまは昼食とってないし、爺くまも病院で出た最後の食事(昼食)を美味くないと言って食べなかったようだから・・・・・
そんなこんなでとりあえず今回の手術劇は大円団の幕となった。

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2007年10月20日

凄い!

くまさんの父、爺くまは命の時限爆弾を持っていた。どんな時限爆弾かというと腹部大動脈瘤、しかも10センチ級という大物である。
この時限爆弾が発見されてのは昨年2月のこと。昨年1月のくまさん爺くまあわや殺害事件後経過も良く病院を退院し、かかりつけの医者に報告がてら検診に行ったときのこと。「爺くまさん腹に何かあたるものがあるよ」とエコーで見てみたらかなり大物の大動脈瘤だったのだ。
あわてて退院した病院に外来で行き診察、「間違いありません!」とお墨付きをいただいてきた。「いつ破裂するか解らないので早急に手術しなければだめですよ。」と入院日を指定された。
だがね・・・・・、1ヶ月近く入院していて何でこれを見つけられなかったの?
それに爺くまは病み上がり、開腹手術なんて体力的にだいじょうぶなんだろうか?そんな心配もあった。
ネットで調べるとカテーテルでのステントグラフト手術法が患者の体力に負担掛けずに良いとかかれている。この方法は採れないの?もしかすると自治医大ならと入院指定を蹴飛ばし自治医大に診察に。即入院となり手術に向け検査が続いた。結果は、「手術は出来ますよ。開腹手術です。しかし手術時の人工呼吸器が外せなくなる可能性は80%近いです。どうしますか?私の父ならば手術は受けさせませんが?」と担当医に究極の選択を迫られた。
くまさん自身としてはそんな危険があっても手術を受けて貰いたい気持ちであったが、爺くまは「手術は受けない、悪い結果になったとしても普段通りの生活がしたい!」と断ってしまった。念のため担当医にステントグラフトについて聞いてみたがその方法は自治医大では採れないとのニュアンスだった。

そんなわけで「寿命が先か?破裂が先か?」という時限爆弾を抱えての生活になり、時限爆弾は月1ミリの速さで膨らみ続けていました。最近は下着姿でいるときなど、外から見てあそこが動脈瘤なんだな、ふくれてるなと解るほどにまでなっていて、XDAYも遠くはないんだろうなと寂しい気持ちで見つめてました。

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2007年10月17日

ママくまさんが

危なく「振り込め詐欺(オレオレ詐欺)」にかかりそうになった。と言うか掛かってしまった。
くまさんが用事で東京に出かけていた留守中のこと、ことの成り行きはと言うと
ママくまさんの託児室、くまさんの方へ1本の電話が掛かってきた。どうも声からすると息子らしい。
「どうしたの?」と聞いたら「会社に監査が入り、実は僕の○十万の使い込みがばれてしまいそうなんだ。経理部長に相談したら今穴埋めしたら不問に付してくれるというのですぐ振込をして! それと今僕の電話は使えなくなってるよ」
ママくまさんは息子がそんなこと「変だな?」と思って息子の携帯に折返しの電話をしたのだけど本当に出ない。少し本当かな?の気持ちが沸いてしまったそうです。
託児所の忙しい時間だったのでおばあちゃんに後を任せるよう電話で頼んだそうな。
後を引き継いだおばあちゃんはママくまさんからの引き継ぎだからあまり深く詮索せず送金手続に銀行に走って手続をしてしまったそうです。
それから少しして本当の息子から「電話があったけど何?用事」と折返しの電話がママくまさんに。
ここで「やられた!」と思ったけど後の祭り。また慌てておばあちゃんに銀行の送金を止める行って貰ったけど既に送金手続は終わってました。

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2007年10月09日

大狂い

先の8日、オフ会があるのじゃWAN達を少し洗わなくちゃ!色々準備もあるしどうしようか?
当日の予定として、炭などの買い出し、庭の芝刈り、床屋に行く、WANのシャンプーを予定した。
大物は?当然ルーク君、これを片付けなければ先に進めない、ルークの他に後2頭ぐらい出来るかなと考えていたのだけれどこの読みは大甘だった。
ルークの毛質は本当にやわらかくて抜け毛が絡まりやすい、触ってみると毛玉があちこちにあるはあるは!!!!!
必死になって格闘したけど作業は進展せず、結局当日出来た仕事がルーク洗いと芝刈りだけ、参った。しかもルーク君には大きな毛玉をまだ残したまま。暗示ーさん来てくれ!と言いたくなっちゃいます。今回不参加が本当に残念、良い仕事が残ってたのに・・・・・・
オフ会参加の皆さんにお願い。ルーク君の身体を撫でて毛玉の数を調べないようにお願いします(笑)

2007年10月05日

なかなか書けないですね

5月下旬方ここの書き込みが滞ってしまった。去年までのペースならママくまさんの託児室は年度の変わり目から今頃までは閑古鳥が鳴いて時間的に余裕ができるはずだったのだけど、今年はどういう訳か年度明けの4月になっても人数が減らず忙しい日が続き(嬉しい悲鳴ですが)、最近はさらに拍車がかかってきている状況です。

そんな中オフ会を開くことになりました。たまには託児所休んで自分たちの楽しみの時間を持っても罰は当たらないですよね。多くの方の参加楽しみにしてます。
それに、カメラを新調したんです。キャノンの40D、今までのオリンパスに比べAFの速いこと!連写も効くし、これでWAN達の走る姿を撮るのも楽しみです。ちょっとピントが甘い感じがするのだけれどそういう画質なのかな?まだまだ機械に慣れるための試行中ですけどね。

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