正月恒例のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの中継が今終わった。今年の指揮者はロリン・マゼール、チョッといかめしい感じの指揮者。いろんな指揮者がこのニューイヤーコンサートの指揮を執っているが、大体、現代を代表する指揮者と認められた人(でウィーンに関係ある人)が指揮者につくといった風に最近はなったようだ。
クレメンス・クラウス、ヴィリー・ボスコフスキーによって基礎が作られたこのコンサート、幸いにボスコフスキーの最後のこのコンサートも見ることが出来た。まさにウィーンっ子のウィーンっ子によるウィーンっ子のためのコンサートという感じで見ていたことが思い出される。
確か、ヴィリー・ボスコフスキーを継いだのが今年指揮したロリン・マゼールだったと思う。前年のヴィリー・ボスコフスキーから比べると何かリズムに違和感がないでもなかった。今年は久し振りのカムバックだったわけで、昔のマゼールより円熟味を感じさせ、多少お茶目なところもあって余裕で振っていた感じ。ピチカートポルカなどヴィリー・ボスコフスキーの時を思い出させられたひと多かったのではないかな?
マゼールのあとはアバド、ムーティー、クライバー、カラヤン、そして日本の小澤征爾もこの式台に立っている。カラヤンは最後の最後でこの舞台に戻ってきたと言う感じで、カラヤンとウィーンフィルの宥和を思わせる演奏だった。式台に椅子が用意されたのは最初で最後のことになるのではないだろうか?最後の力を振り絞っての演奏そんな感じのコンサートだったけど、良い演奏でした。
そしてくまさんがCDで持っているクライバーの時のものこれも楽しいいい演奏がつまっている。
さて、今年の演奏も最初で最後になって貰いたい出来事が起きた。ニューイヤーコンサートの最後の3分間が消えてしまったのだ。
最後の3分間、それはコンサートの締めとなる「ラデツキー行進曲」が演奏されなかったこと。良く聞いていなかったので判らなかったけど、先日の津波や厳しい世界情勢から今年は演奏を控えたというようなことをいっていた。
いつも「美しき青きドナウ」「ラデツキー行進曲」この2曲を聴いてコンサートが終わったと満足していたのに、何か物足りないものが残ってしまった。でもって、くまさんはクライバーを指揮者に急遽呼んで我が家だけの最終アンコールを演奏して貰った。来年は何事もなくつつがなく「ラデツキー行進曲」が演奏されればいいなと願います。
そういえば「狩り」の演奏でも通常は空砲を撃つのだけれど、太鼓で済ませていましたね。平和な世界が訪れ世界中の皆でこのコンサートを楽しめるようになると良いですね。